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網膜剥離(Retina Detachment)


  さて、あまり人気があるのかないのか…微妙なところですが継続中のInjuryシリーズ第2回は、「網膜剥離(Retina Detachment)」です。NBAの情報が欲しければ”Detached Retina”で検索すれば即出てきます。ポーターを解雇してアップテンポスタイルに戻し、ようやく光が見えてきた2008-09ーズンのサンズを奈落の底のまた底まで叩き落したあの怪我です。頼むからゴーグルしておいてくれよ…と全世界のサンズファンが思った瞬間。まさに地獄でしたね。

  では、いつも通り序説から。。


1, 網膜とは

  網膜は眼の組織の中でもっとも重要な部分で、眼球の様々な組織によって結ばれた映像を電気信号に変え、視神経を通じて脳に伝達する機能をもちます。眼をカメラに例えると、眼の中に入った光を映し出すフィルムに相当する役割を果たすのが網膜です。これがなければ脳で映像を認識することが出来ず、結局眼が眼としての機能を果たせなくなります。



  もう少し詳しく言うと、網膜は、その中でも一番中心に位置する「黄斑部」とよばれる部分に集中している視細胞(桿体細胞、錐体細胞などからなります)によって光を感受し、この視細胞から視神経を通じて大脳へと情報を送るという役割を果たしています。

  網膜は10の層から成り立っており、そのうち内側の9層を総称して神経網膜(感覚網膜とも呼ばれています)といい、もっとも外側にある残り1層のことを色素上皮層といいます(*)。その色素上皮層の中にある色素上皮細胞が、血管を通じて感覚網膜の一番外側にある視細胞層に栄養を供給しています。ですが、この色素上皮細胞と視細胞は結びつきが弱く、結びつけている部分が薄くなったり、これより強い力で網膜が引っ張られると剥離してしまい、網膜に栄養が供給されなくなってしまいます。これが網膜剥離であり、
1、剥がれた網膜や剥がれた際に出た血が影となって網膜に映し出される結果として、視界に蚊や糸くずがとんでいるように見える、いわゆる飛蚊症(ひぶんしょう)になったり、
2、網膜に栄養が行かなくなった結果として眼が見えにくくなる(視野欠損、視力低下)
などの症状がでることになります。症状の詳しい説明は後述します。

*もっとも、臨床現場では神経網膜をさして「網膜」と呼び、色素上皮は網膜の下の層という認識をしており、実際そのように説明されている方が多い、とのことです。学問上の認識の違いであり、呼称の違いは実際には特に問題になりません。


2, 網膜剥離の種類

(1) 原因による区別 – 裂孔原性と非裂孔原性

  網膜剥離は、発生原因から主に2つのタイプに分けられます。ひとつは裂孔原性(Rhegmatogenous)とよばれ、主にもうひとつは非裂孔原性とよばれます。裂孔原性は上で説明したような症状を伴うもので、強い衝撃や加齢による硝子体(しょうしたい)の変化によって、網膜に亀裂(裂孔)が入ることで起こるタイプです。それに対して非裂孔原性はその名の通り裂孔によらない網膜剥離で、更に「滲出性網膜剥離(Exudative, serous, or secondary)」と「牽引性網膜剥離(Tractional)」に分かれます。非裂孔原性網膜剥離は、どちらのタイプも怪我や病気によって二次的に起こるもので、その怪我や病気自体が治療対象となります。スポーツをすることによって起こるものは裂孔原性網膜剥離(の中の外傷性網膜剥離にあたる)ですので、以下においては裂孔原性網膜剥離に限って説明することにします。

  簡単に言うと、傷が出来たり穴が開いたりすることがきっかけで網膜が剥がれるのが裂孔原性、そうじゃないものが非裂孔原性です。

(2) 裂孔原性網膜剥離の区別 – 発生箇所、裂孔の種類の種類による区別

  裂孔原性網膜剥離は、網膜のどの部分で穴や裂け目ができるかで更に分類することが出来ます。真ん中に孔のある黄斑型、まん中から中央までの円の中に孔のある中間型、端の部分に孔のあるものを更に円孔(穴)のもの、裂隙(裂け目)のものに分けて、周辺部円孔型と周辺部裂隙型というように分類できます。鋸状縁の部分、もしくは鋸状縁よりももっと周辺の毛様体に穴の開くこともあるのですが、それは鋸状縁型として分類します。

  参考文献中の伊野田 繁さんの講演によると、「(患者のうち)約半分が周辺部裂隙型タイプ、三分の一が周辺部円孔型で、周辺部に孔のできるのが(あわせて)約8割。その外に中間部型、鋸状縁型、黄斑部型がこの順にあり、わずか1%に裂孔のわからない場合がありました。」とのことです。


3, 網膜裂孔の発生のメカニズム

(1) 若い人の場合(円孔)

  特に近視の人は、眼球そのものの奥行きが長いため、網膜を引き伸ばして近視でない人と同じ範囲をカバーしなければなりません。こうした網膜は年月がたつにつれ弱く薄くなっていき、このような網膜がついには萎縮することによって、円孔と呼ばれる丸い裂孔(穴)が開いてしまうことがあります。

正視(近視でない正常な眼)   近視。網膜の面積が広がり、
その分、網膜が薄くなる  
 

  このように、網膜が広い範囲で薄くなっていく症状のことを「網膜格子状変性(もうまくこうしじょうへんせい)」と呼び、多くの場合は網膜格子状変性になってしまった網膜の一部に円孔が発生するのですが、もともと局所的に弱い部分がある場合には単発で見られることもあります。

  また、この近視に伴う網膜変性部の萎縮性円孔は、後部硝子体剥離(後述)の際に起こるような硝子体による牽引が少ないため、剥離まで進行することはあまりありません。また、剥離まで進行するとしても、その変化の度合いは非常にゆっくりしたものであることが大半です。更に、そもそも視力が悪くかなり前から飛蚊症(剥離と裂孔に共通する症状、後述)を自覚しているケースも多いため、剥離が進むまで症状の変化に気づかないケースが大半です。

  また、スポーツなどで眼球打撲を受けると、急激に眼球が変化して網膜裂孔を生じることもあります。アマレ・スタウダマイヤーはこのケースです。

(2) 中高年者の場合(裂孔、裂隙)

  眼球の内部の大部分は「硝子体」とよばれる、無色透明のゼリー状物質で満たされています。成分の99%以上が水分ですが、硝子体繊維という眼に見えない細かい繊維が水を含んで膨らんでいることによりゼリー状の物質になっています。網膜はその硝子体を覆っているものうちより脳に近いほうの「後部硝子体膜」とよばれる膜と接しています。加齢によって、硝子体内部の硝子体繊維は少しずつ壊れていき、それに伴って均一にゼリー状だった硝子体徐の内部に、液体だけで構成される部分(この液化した部分のことを「液化腔」とよぶ)が増えていきます。これによって硝子体が萎縮して容積が減ることで、硝子体と網膜が離れていき、隙間が出来ます。これを「後部硝子体剥離」といいます。

  後部硝子体剥離自体は一部の人に加齢によって起こる生理的なもので、それ自体は特に異常なことではありません。一時的に後部硝子体膜と網膜が癒着して引っ張られ、光が走るように見えることがあります(光視症)が、多くの場合は癒着がとれることによってこの症状は治まります。しかし、後部硝子体膜と網膜の癒着が特に強い場合、また(近視などにより)網膜自体が弱くなっている場合、硝子体膜が網膜を引っ張り、収縮する硝子体に引っ張られる形で網膜が引き裂かれ、裂け目(裂孔、裂隙)ができることがあります。

  後部硝子体剥離は大体50歳以降に起こりますので、このタイプの網膜剥離は中高年者に起こることがほとんどです。また、硝子体による牽引が強いため、剥離になった場合短期間で症状が進行します。このため自覚しやすく、その分飛蚊症や視野欠損(後述)などの症状も急激に進行します。

 
若いときは眼球内部が 
硝子体で満たされている
年とともに硝子体が収縮し、
後部硝子体剥離が起きる  
 
 
その際、網膜と硝子体の
癒着が強いと…    
網膜裂孔ができることが
ある         



  但し、網膜裂孔があるからといって必ずしも網膜剥離を発症するとは限りません。


4, 裂孔がある際の症状(網膜剥離の前兆)

(1) 光視症

  目の前を突然光がはしるように見えてしまう症状。前述した「後部硝子体剥離」のプロセスが進む際に、網膜が萎縮した硝子体に引っ張られると、その引っ張る際の刺激が「光」として網膜で認識されてしまうことで、急に光が出てきたように見えるのです。これは後部硝子体剥離によって起こるもので、それ自体は上記の通り正常な人にも起こる生理的な作用なのでそれほど心配のいる症状ではありませんが、網膜剥離につながっている恐れはあります。

(2) 飛蚊症

  視野の中で虫がとんでいるように見えたり、ゴミや糸くずのようなものが浮いているように見え、これが眼球の動きについてくる症状のことを「飛蚊症」といいます。ほとんどは加齢によって硝子体の液化が進み、残った繊維が網膜に映し出されているだけだったり(淡い色のもの)、或いは硝子体剥離の際に視神経についていた混濁物が網膜に影を入れている(黒いもの)だけですが、網膜裂孔による出血や、剥離した網膜や色素上皮細胞が硝子体のなかで浮遊しているという可能性もあります(治療の必要のあるなしは症状からは判別できないので、もし飛蚊症を自覚したら直ちに検査を受けることを強くお勧めします)。尚、飛蚊症に加えて光視症が表れた場合、網膜剥離に進行する可能性がやや高いといわれています。


5, 網膜裂孔に対する治療

  裂孔で止まっているが、将来網膜剥離に進む可能性が高いと診断された場合には、瞳孔からレーザー光を照射する「レーザー光凝固」か、強膜ごしに「熱凝固・冷凍凝固」とよばれる方法をとることによって、進行を食い止めることもあります。いずれもわざと傷を作り、それが治る過程で瘢痕と呼ばれるものになることで、神経網膜と色素上皮層を癒着させる効果があります。

  但しあくまでもこの治療法は網膜剥離に進行する可能性を低くするだけであって、瘢痕ができるまでは未治療と同じ状態ですし、瘢痕が出来てからも剥離する可能性はゼロにはなりません。


6, 網膜裂孔が網膜剥離になるとき

  硝子体が液化した水分(液化腔の部分)が、網膜に開いた穴(網膜裂孔)の部分から感覚網膜と色素上皮層の間に入り込むことによって、網膜剥離が起こります。一旦何かのきっかけで水が入ると、後は眼を動かしたり、一定の衝撃が加わるたびに水が入り込み、剥離を進行させます。この進行の度合いは、裂孔そのものの位置(上にあるか下にあるか)、水の量、眼球運動の激しさなどにより変わります。

   
網膜裂孔   網膜剥離   網膜剥離が起きた眼の眼底写真




7, 網膜剥離の症状

(1) 飛蚊症

  剥がれた部分の網膜や色素上皮細胞が硝子体内に入り込んだり、裂孔からの出血が影となって網膜に映し出されたりなど、陰になるものがより大きくなるので、飛蚊症の症状が顕著になります。煙が湧いて見えることもあります。

(2) 視野欠損

  網膜は、色素上皮細胞を経由して養分を得ていますので、色素上皮細胞との連絡が切断されれば十分な養分が回らなくなり、結果として網膜としての機能が低下します。このことにより、剥離部分に対応する視野が見えなくなるという症状が出ます。これを「視野欠損」といい、眼球の表面にあるレンズの効果で網膜には上下左右逆の像が移されるため、上のほうの網膜が剥がれると下の視界が欠けて見えることになり、下の網膜が剥がれた時は上の視界が欠けて見えます。但し、普段は両眼で見ているため欠けている部分が逆の眼で補われてしまい、欠けていることに気づくことは稀です。

(3) 視力低下

  網膜の中央の黄斑には、細かいものを見るための視細胞(錐体細胞)が集中しており、この部分の働きによって視力が決まります。なので黄斑部が剥離したり、或いは他の周縁部から剥離が黄斑まで広がると、視力が急激に低下します。また、視界がゆがむ「変視症」になることもあります。


この後手術についてもう少し続きます。今しばしお待ちくださいませ。


参考文献
ヘルスドットネット – 特集:網膜裂孔・網膜剥離(平形 明人)(画像はここからの転載です)
網膜剥離友の会 – 網膜剥離の病態と最新治療法(伊野田 繁)
社団法人 日本眼科医会 – 網膜剥離
All About – 網膜剥離(大高 功)
Wikipedia – Retina
Wikipedia – Retinal Detachment
メルクマニュアル医学百科 – 眼のしくみと機能

3件のフィードバック to “網膜剥離(Retina Detachment)”

  1. mizu said

    す、すごい!
    選手の怪我の解説にここまで専門的な説明ページを作るとは……脱帽です。

    恐縮ながら今回も訂正ですが、頭から2行目、2009-2010シーズンじゃなく2008-2009シーズンではないですか?

    • いえいえ、医療に関してはバスケよりもっと素人ですので。。しかもそのバスケで間違えてますしw 毎度誤表記指摘ありがとうございます!これからもお願いします…ってすみません、その前に無くさなきゃいけないですね^^;

  2. 匿名 said

    今 入院してます。巨大裂孔から外傷性網膜剥離で。まさに同じ内容でした。ありがとうございました

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